December 5, 2011

古くて新いもの:アップルのテレビへの取り組みは


しばらく前にプロダクトマネジメントの良書としてご紹介したMarty Cagan著の「Inspired」ですが、今回はそのブログエントリーの一つ、「The New Old Thing」(古くて新しいもの)を取り上げることから[1]

“What’s going to be the next new thing?” 
製品開発をするにあたって、次にヒットする新しいものは何だろう?

この答えは皆が血眼になって探しまわっています。

 "I have found that much more often than not, the next big thing is not something altogether new but rather a new incarnation of something old. The difference is that the new product does it so much better, faster, and/or cheaper that they end up redefining their category." 
それは全く新しいものというよりも、たいていは既に馴染みの古いものの生まれ変わりである。より改善されたもので、パフォーマンスもよくなり、安く手に入るものとして新たな立ち位置を既存のマーケットで革変を起こして確立するのだ。(それなのに、何か大きなヒットを生み出すには、全く新しいマーケットを確立しなければならないと信じている企業は多い。)

MP3プレイヤーが数多く存在していたなか、アップルがiPodとiTunesをリリースしてヒットさせたことを誰でも思いつく例としてMartyも挙げていますが、アップルは成熟マーケットでヒット製品を出すのが悪魔的に上手です。パーソナル・コンピューターもiPodもiPhoneすべて、その時点では成熟したと思われていたマーケットで革変を起こしてきました。ジョブズがテレビの開発に真剣に取り組んでいたらしきこと、それに絡んでアップルのテレビへの取り組みが随分と話題になっていますが、この歴史を考えてもそれはすごく自然な流れです。

「古くて新しいもの」をターゲットにすれば、マーケットは既に存在するし、それは皆に馴染みのあるものだから受入れられやすい。全く新しい製品を売り出す場合でも、馴染みの深い既存マーケットの製品名を引っ掛け、その機能を一部だけ取り込み、全く新しい機能で包みこんで出すのもその手。以前このブログでも書きましたが、iPhoneの場合も、電話の機能はおまけで、実はアップルが売りたかったのは超小型コンピューター。「phone」という世の中の誰もが馴染みのあるストリングが製品名に入っていたから、この全く新しい製品は消費者に容易に受入れられました。きっとアップルはテレビでも同じことを試みようとしているのでしょう。「TV」というなじみのあるストリングがついた「Apple TV」というセットトップボックスが既にありますが、これとは別にテレビらしきものをつくっているのだとすると、そこには従来のテレビ的機能もあるでしょうが、きっとそれは入り口にすぎず、その奥にはクリエィティブな新世界が広がっているにちがいありません。

Marty Caganの先ほどのエントリーに戻りますが、彼は成熟マーケットで勝つ製品を作るために大切なのは次の2点だといいます:

1. ターゲット市場と今ある製品の不十分なところを理解すること
2. それまでは不可能だった、または実用の目処が立たなかった新しい技術的ソリューションに注目すること

iPhoneやiPadなどのポータブルな小型端末があり、iCloudですべての端末のコンテンツが共有でき、Siriのような音声認識の機能が実用化された今、その環境で皆が共有できるリビングルームの大画面に期待されることは何なのか。アプリ開発者コミュニティを巻き込んだ参加型の環境になれば、そこからも新しいクリエイティブな用途が続々と出てくるでしょう。


ここ数日、アップル関係の分析で著名なアナリスト、Gene Munsterの予測がメディアで話題になっています。彼によると、アップルのテレビへの取り組みは次のようなものだそうです:

1. 既存のApple TVのようなセットトップボックスではなく、液晶ディスプレイのついた独立型のTVセット(ユーザはセットトップボックスを接続する手間を嫌うため)

2. サイズは何種類も用意している

3. 市場に出回っている普通のテレビの倍ぐらいの価格設定

4. 他のアップル製品およびその機能との連携:iPhone、iPadだけでなくSiriでコントロールできる。iTunesからゲームなどのコンテンツをダウンロードでき、iCloud経由でコンテンツがシェアできる。

5. チャンネルのコンセプトではなく、コンテンツ(例えばESPN)を直接呼び出せる

6. 1012年のクリスマスシーズンに向けて売り出される

(以上、Business Insiderより)

(1)については、テレビ買換えの出費を渋る消費者を見逃すのはもったいないので、中間移行手段として既存のApple TVセットトップボックスをアップデートしたものも同時に売りだすのではという説もあるようです。アップルは、Boot Campを用意してWindows OSをマック上で使えるようにしたなどの例でも、潜在ユーザの獲得が上手です。また、古くはClassic OSアプリのOS X上でのサポート、プロセッサをPower PCからIntelに切り替えたときもRosettaを提供するなど、製品上の大胆な変更をした場合に既存ユーザを逃さないことに手抜かりがありませんでした。Apple TVセットトップボックスの$99という値段は「お試し」価格として魅力的ですし、既存のApple TVセットトップボックスのユーザのことも考慮しているでしょう。こう考えると、Google TVがソニーTVへの組み込み型とLogitechのセットトップボックスのモデルと2通り出してるのと同じように2つオプションを出してきても不思議はありません。

 (5)について、John Gruberが「アプリが従来のチャンネルのような役割を担うようになってきている」と言っていますが同感です。(3)については、既に他のアップル製品がアップルブランドのプレミアム価格で成功していることを考えれば、高めのお値段となるのは当然といえましょう。


新しいテレビへの取り組みをしているのはアップルだけではなく、グーグルや大手家電メーカーなど動きが激しい。古くてとてつもなく巨大なテレビのマーケットで、あっといわせる革変を成し遂げるプレヤーは誰なのか。その辺りから目が離せないこの頃であります。


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[1]この本はもともとMartyが個人ブログで書いてまとめていたものなので、今でもブログサイトではその内容が読めるようになっています。

December 1, 2011

Path 2.0 やっぱりライフログなの?



水曜日にリリースされた、Pathアプリの2.0アップグレードが結構話題になっていますね。UIの出来上がりの美しさと、新機能が好評のようです。

Pathは、上限150人の比較的少人数のソーシャル空間で、写真、ビデオ、メッセージなどを共有できるモバイル用のサービス。iPhoneとAndroidプラットフォームのサポートがあります。Facebookの初期メンバーでFacebook Connectの発案者のひとりでもあるDave Morinが共同創業者、出資もKleiner PerkinsやDigital Garageなど一流どころから受けています。今年始めには、Googleから1億ドル以上の買収のオファーを蹴ったということでも話題になりました。

これまでPathのUIはシンプルで洗練されたデザインが印象的でしたが、今回のアップデートでも新機能や既存機能を綺麗なUIデザインでまとめています。音楽シェアが出来るようになったり、睡眠モードの設定がついたり、より多くの日常場面を操作よく記録できるようになりました。睡眠モードにすると月が画面の下から登ってくるアニメーションは、楽しくて何度も試してしまう程。狭い画面に綺麗に美しく実装されたUIは、ちょっと玉手箱を開けるときのようなわくわく感があります。

こちらの記事にもありますが、Facebokよりも少人数に絞り、よりパーソナルな情報を共有することを狙いとしているようで、日記のように使っているユーザも多いとのこと。睡眠時間も記録するとなると、先日も話題にしたライフログにかなり近い感じがします。近ごろ使っているJawboneのUPの結果と合わせれたらよいのにと思ったら、同じように感じる人はやはり多いのでしょう、TechCrunchにもそんなことを書いた記事が出ていました。Dave Morinいわく、

  “It used to be that people would be online or off. Nowadays with mobile, it’s more like asleep or awake.” 
 「今までは、オフラインかオンラインだった。近頃のモバイルでは、寝ているか起きているかだ。」

いよいよ、ライフログがソーシャルのベースにも本格的に入り込んできたということでしょうか。UPやWithings体重計にもソーシャル機能がついていて、結果を共有することができます。私は、あまりパーソナルな情報は誰かと共有したいとは思いませんが、自分用に日記のようにまとめることができれば便利かなと感じます。文章、健康管理の記録だけでなく、写真やその他のミニ情報もモバイルベースで手軽に記録できるUIの綺麗な日記は継続もしやすそう。今回のアップグレードは全体的にかなりよかったというものの、継続して使うほどの魅力にはもう一工夫必要な印象。次のアップグレードではこの辺りに期待しています。

Facebookのタイムラインといい、これからライフログ系が盛り上がってくる予感がします。

November 27, 2011

【書評】「自分のアタマで考えよう」

自分のアタマで考えよう
ちきりん
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 26


知り合いのブログで話題になっていたので読んでみました。

論理思考の本です。少子化などの社会問題からはじまり、婚活や主婦の料理プロセス比較などにまでもフレームワークをあざやかに使って分析しているのが面白いです。問題をどんどん分解して漏れなくダブりなく分類、収集したデータをあてはめ、グラフを使って視覚的に分析。問題を電動ミキサーにかけるがごとく、バリバリと論理的に解いていくのが痛快です。「知っていること」と「考えること」はまったく別モノであることを説明する序章から始まりますが、日常で物事を判断するときに、知識から結論を下さず、ちゃんとデータをもとに論理的に考えて仮説を検証していく癖をつけなければならないな、と意識させてくれる本です。ネットの力を借りれば、かなりのデータを誰でも収集できるようになった今、それを効果的に分析して論理的に「考える」力をつけることは重要なスキルとなるでしょう。

最近、日本からシリコンバレーを訪問中の大学生さんと就職やキャリアパスについて話す機会がありました。偶然そのときに話題になったのが、ちゃんと自分で「考える」ということ。世間一般、マスコミで騒がれていることが間違っていることは多々あります。その大学生さんを相手に私が話題にしたのは、「商社不要論」と「ソフトウェアエンジニアのアウトソーシング」について。日本でバブルが崩壊したころから商社不要論がマスコミで取り上げられてきました。けれども、それから20年ほどが経過した今でも総合商社はなくなってはいないし、最近の日経新聞に掲載されていた学生の人気就職ランキングでは伊藤忠商事がトップでした。「ソフトウェアエンジニアのアウトソーシング」が叫ばれ始めたのは、アメリカでドットコムのバブルが崩壊した2000年ごろ。そのまっただ中、シリコンバレーでソフトウェアエンジニアをしていた私は、変だなぁと思っていました。少なくともシリコンバレーにおけるソフトウェアエンジニアと呼ばれる仕事は、あらゆる技術的ソリューションをリサーチしながらコードに落としていくような仕事。マーケットや社内のフィードバックを迅速にとりいれて検証しながらアウトプットを出していく。ソフトウェアを主力とした企業では中枢になる機能です。ハードウェアのように、組立の詳細を仕様に落し込み、あとは工場で組み立てるだけのプロセスがアウトソースされるのとはまったく事情が違うのです。当時ソフトウェアエンジニアの仕事が先進国からなくなると言われ始めたので、大学のコンピューターサイエンス学科では人が集まらなくなって定員割れしたりしました。ところが、やはり物事の真実の原則は変わらない、アウトソースではダメだと後になって皆が気づきました。2011年の今、シリコンバレーでソフトウェアエンジニアはどこの企業でも引っ張りだこ、コンピューターサイエンスは大学の超人気学科です。

日本の教育を受けると、「考える」ことよりも「受け入れる」ことを選択してしまう方向に流れがちですが、「考える技術」を日常でも意識して積極的に取り入れていかなければならないですね。ふつうはビジネス書などで扱われるフレームワークの応用の説明などを、ビジネス書としてではなくカジュアルな雰囲気で誰でも手にとって読みたくなるような雰囲気にしてあるところも素敵な本書ですが、論理思考がより多くの人に馴染みのあるものになれば世の中も変わってくるかもしれませんね。

November 25, 2011

WithingsのWi-Fi体重計とライフログのすすめ

前回のエントリーでは、Jawbone UPのプロダクトレビューを書きましたが、今回も健康用ガジェットのレビューから。少し前から使っている、WithingsWi-Fi Body Scaleがすごく調子いいです。周りの人たちがみんな[*]持っているので、つられて買ったこの体重計、どうしてもっと早く買わなかったんだろうと思うぐらい秀逸です。ちょっと安直な感じがする製品名のとおり、乗るだけで体重と体脂肪の測定結果がWifi経由で自動的にウェブアカウントに送信記録され、グラフ化されます。過去の記録は、ブラウザ、iPhone・Androidアプリで確認できます。体重を毎日測り、手入力で記録をつけてもよいのですが、やはりちょとしたところで自動化すると継続し易いです。健康や美容のために体重を減らすもしくは維持するには、記録とその数値をグラフ化するのがどれほど効果的かはよく知られていることですが、他の何をするよりもまずこの体重計を手に入れるべしといっても過言ではないかもしれません。

WiFi Body Scale WBS01 [PC]
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 Withings Wifi Body Scale [米国]

Jawbone UPと併用してかなりいい感じですが、かのMichael Arringtonもこの2つを愛用しているご様子。体重、食事、運動量のログは、何年も記録し続けることで長期的な健康管理にも役立ちそうです。

先日、gihyo.jpさんに「人生の記録〜ゴードン・ベル」という記事を書かせていただきました。8月に開催されたエバーノート技術カンファレンスのセッションをまとめたもので、MicrosoftでMy LifeBitsという究極のライフログプロジェクトに長年取り組んでいるゴードン・ベルの話です。記事にも書きましたが、このプロジェクトでは、ゴードン自身が被験者となって、身の周りにある本,書類,写真,CD,画像など日常のあらゆる情報をデジタル化して記録する生活を続けます。ゴードンは、近いうちに皆が自分と同じことをやっている日が来ると言っていますが、私自身も近頃の生活では、Jawbone UPで運動・睡眠・食事を記録、Withingsで体重を記録、Foursquareで訪問先をチェックイン、Lemonでレシートをスキャン、Mintで家計を記録、ウェブで読んで気になった記事をブックマーク・クリップ、なんてことをしているので、彼とさほど変わらないことをやっていますね(笑。もちろん、世間でも同じような生活をしている人は多いでしょう。

My LifeBitsプロジェクトは1945年にヴァネヴァー・ブッシュが「As We May Think」という論文で発表したmemexをモデルとしたもの。ヴァネヴァー・ブッシュはマンハッタン計画に参加し、原子爆弾の開発に携わった人物として知られ、Webのハイパーテキストの概念もこの論文に影響を受けています。「As We May Think」の原文はこちらで全文が無料で読めるようになっていますが、以下はそこにあるmemexの描写の一部です。日本語訳は「思想としてのパソコン」に収められているようです。

"A memex is a device in which an individual stores all his books, records, and communications, and which is mechanized so that it may be consulted with exceeding speed and flexibility. It is an enlarged intimate supplement to his memory. 
It consists of a desk, and while it can presumably be operated from a distance, it is primarily the piece of furniture at which he works. On the top are slanting translucent screens, on which material can be projected for convenient reading. There is a keyboard, and sets of buttons and levers. Otherwise it looks like an ordinary desk.
In one end is the stored material. The matter of bulk is well taken care of by improved microfilm. Only a small part of the interior of the memex is devoted to storage, the rest to mechanism. Yet if the user inserted 5000 pages of material a day it would take him hundreds of years to fill the repository, so he can be profligate and enter material freely."

これらプロジェクトの話は、ゴードンの著書「Total Recall」に詳しく書かれていて、「ライフログのすすめ」という題名で日本語にも訳されています。ゴードンが共同研究者のジム・ゲメルと書いているブログサイトも、Facebookのタイムラインのことなどが取り上げられていて面白いです。

記憶力の限界を超えて見るもの聞くもの全てを記録するようになり、必要なことはすべて検索して取り出せる。半世紀も前の構想がかなりリアルに感じられるようになった今、これら関連書籍をまとめて読んで、「記録」することから広がるあらゆる可能性について考えてみたいと思いました。


ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する! (ハヤカワ新書juice)
ゴードン ベル ジム ゲメル
早川書房
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Total Recall: How the E-Memory Revolution Will Change Everything


思想としてのパソコン
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*ここでいう「みんな」とは、ガジェットオタク系の人たちなので、他では誰も持っていないかもしれません。

November 18, 2011

Jawbone UP プロダクトレビュー


先週7日にJawboneから発売されたフィトネス用のリストバンド「UP」を使ってみました。

Jawboneは小型でスタイリッシュなヘッドセットなど、Bluetoothを使ったアクセサリ製品で有名ですが、起業にまつわる某カンファレンスセッションでセコイヤキャピタルのパートナー、ロエロフ・ボーサ氏が「長くやり続けたから勝てた」というスタートアップの例にも出てきます。ロエロフ氏いわく「長くやり続けるより、早く止めすぎるほうがリスクが高い。起業家というのは普通の人よりも早く気づく人たちだ。マーケットが成熟するまでもう少しやり続けるほうが正しい場合が多い」という話でした。Jawboneはスタンフォード大学の学生2人がノイズキャンセリングヘッドホンのアイデアを題材に'99年に創業したのですが,当時はBluetoothの技術がなかなか進化せずマーケットのタイミングが悪く倒産。しかし創業者たちは諦めませんでした。そうこうしているうちにBluetoothの技術がついに成熟して会社を再建することができたのです。[1]

さて、はじめから話がそれてしまいましたが、今回発売になったリストバンドは在庫が追いつかないぐらいの人気です。先週7日に発売されて、まだそれ程長い間使った訳ではないですが、今のところの使用感をざっと書いておきます。


使い方はシンプル。リストバンドをつけて生活し、iPhoneのアプリと組み合わせて使います。そうすることで、睡眠、運動量、食事のパターンを測定および記録し、健康状態の改善を目指します。

[運動]

要は万歩計。何歩歩いたかをリストバンドが測定し、結果を専用のiPhoneアプリで見ます。ジムに行って運動したりする場合、リストバンドのボタンを2度押しすることによって、その期間内だけの運動量を区切りをつけて測定することができます。

[睡眠]

リストバンドをつけて寝ると、熟睡状態とそうでない時のパターンを測定してくれます。目覚まし機能を設定すれば、そのパターンの切り替わったところで振動して起こしてくれます。 睡眠パターンは、寝ている間の身体の動きの頻度を元に単純に測定しているだけなので、いわゆるノンレム、レム睡眠のサイクルとは必ずしも一致しないとのこと。

[食事]

食事の機能はリストバンドに依存していません。食事をする度にiPhoneのアプリで食べ物の写真を撮ってアップロードするだけ。数時間すると、その食べ物を食べた後の気分はどうかと尋ねる通知がプッシュ機能で来るので、ふさわしい気分を表している顔アイコンを選びます。


リストバンドをiPhoneのヘッドフォーンジャックに挿し込んで測定結果をソフトウェアと同期するのですが、そうすると、睡眠、運動、食事のパターンが時系列でグラフ上に表示されます。一定期間分のデータを俯瞰して見ることにより、パターンを知り改善点を明確にするのに役立ちます。


こうした健康グッズを使い始めると、とりあえず健康に対する意識が高まるのはとてもよいです。一日何歩歩くかなどの目標設定ができるので、それを目指して積極的に動くようになりますし、何を食べるかにも意識が向きます。ダイエットに毎日の体重測定の結果を記録するのが効果的なのと同じで、「記録」することの効果を感じますが、そのプロセスを楽しく効率よく実行させてくれる製品です。

リストバンドには振動によるアラーム機能がついていますが、大変気に入っています。私は朝は大変弱く、毎朝起きる時は大変な苦痛なのですが、目覚まし時計の音はこの世で最も嫌いなもののうちの一つといってもよいくらい、吐き気を催すほど嫌。これは「音」によって眠りからひきずり出されることに非常な不快感を感じるからなのでしょうが、リストバンドの振動だと気持よく目覚めることができるのです。睡眠サイクルのタイミングのよいところで起こしてくれるということもありますが、音より振動の方が目覚めにソフトな刺激だというのはちょっとした発見でした。また、リストバンドの振動アラームは、目覚まし機能のためだけではなく、起きている間に活動を促すためにも利用する設定ができ、これが最高です。間隔は15分や1時間など自由に調整でき、設定した間隔を過ぎても動かずにいると振動で知らせてくれるのですが、この機能、一日中座りぱなしでコードを書いているようなエンジニアなどにすごくお薦めです。私にも経験がありますが、長時間同じ姿勢でコンピューターに向かっていると、首や肩の関節、神経を痛めたり、腱鞘炎になったりして大変なことになります。そうした場合、医者に行くと「一時間に一度は必ず立ち上がって動いてください」と言われますが、仕事に没頭していたりすると忘れてしまいます。このリストバンドがあればその問題も解消できます。UPと類似製品のfitbitとの比較が多くなされているようで、そちらも気になりますが、UPのこの振動機能はポイントが高いです。

fitbitと違い、iPhoneアプリとの同期はワイヤレスではありませんが、Bluetoothを使った秀逸なアクセサリの開発で知られるJawboneの製品ですから、将来的には何かアップデートを考慮しているのかどうか気になるところです。

完全防水なのでプールやシャワーも大丈夫と説明書にありますが、私はシャワーはかなり高温なので入浴中は外します。高温には弱いと書いてあるので、日本の湯船などもダメかもしれませんね。リストバンドは常時つけていてもそれ程気になりませんが、ある程度パターンが把握できるようになったら、睡眠時間だけ常用して、あとは適宜軌道修正するときだけ着装するということになりそうです。

マイナス面は、iPhoneアプリの出来が未熟だということ。バグもまだあちこちにあるし、UXも改善すべきところがかなり目立ちます。まあ、その辺りのソフトウェアの問題はこれからアップデートをリリースしてくれることを期待しています。食事のところもカロリー計算などもう少し工夫が欲しいところです。あと、今のところiPhoneアプリだけですが、ウェブアプリもあると便利かなと思います。

以上、まだ使用した期間は短いですが、かなり満足度は高いです。お値段は$99.99で、ちょっと高いような気もしますが、風邪をひいただけでも生産性の低下などを考慮すれば損害は$99.99ではすまないはず、と考えれば健康に投資する額としてはリーズナブルでしょうか。アメリカ人は健康に対する意識が異常に高いことで国際的にも有名ですが、彼らいわく「健康のためなら死んでもいい」のスピリッツを少し見習って頑張ってみましょう、という気分にさせられた健康用ガジェットです。



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** 今回は「です、ます」調で書いて見ました。
[1] 8月に開催されたEvernote技術カンファレンスの記事をこちらで書かせていただきました。

November 16, 2011

【書評】知的生活の方法、今と昔 〜 Kindle Fireが発売されたので

先日、Kindle Fireが正式に発売になり、ネットはその話題で持ちきり、周りの友人の多くもAmazonから届けられたその新ガジェットに夢中になっているようである。私は購入する決心がつかず、予約注文をしないまま今日まできてしまって、手元に何もないので今回は書評でも。


知的生活の方法 (講談社現代新書 436)
渡部 昇一
講談社
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「知的生活の方法」、ちょっと気恥ずかしくなってしまうようなタイトルである。本屋のレジに知り合いが座っていたら購入をためらってしまうだろう。「xxの方法」といった題名の本は、さらりと実用的に書かれた軽い内容のものを連想しがちだが、英語学者の渡辺昇一氏が書いた本書はさすがにそんなペラペラとしたものではなく、文学的というか文化的情緒に溢れた一冊である。「読書の愉しみと重要性」が主なテーマとなっているこの本では、外国語で書かれている書物の読み方からはじまり、本の収集や管理法、後半ではカントやゲーテの私生活についての考察まであり大変味わい。例えば、カントは毎朝かっきり5時15分前に召使に起こしてもらい、起きると紅茶を2杯飲み煙草を一ぷくすう。夜は10時に就寝する7時間睡眠。脳の疲労予防にチーズを愛好したという食事メニューのサンプルなど、面白い話がたくさん出てくる。

渡辺氏は、本は読みたいときに取り出せることが重要であり、「知的生活とは絶えず本を買いつづける生活である。したがって知的生活の重要な部分は、本の置き場の確保ということに向かざるをえないのである。つまり空間との格闘になるのだ。」という。成功している学者や作家は、手許に膨大な書物を持っていて、それらの文献をいつでも参照することが出来る、つまり手許に本を置くことが力になっているというのである。プライベート図書館を数千万や億単位の金をかけて建てることができる流行作家と一般人では、経済力、空間力が違う。例えば、トルストイは「戦争と平和」を書くために、小さな図書館ぐらいのナポレオン戦争の資料を集めて手許に置いたそうだが、他にも書物を置くだけのためにマンションの一室を借りるだとか、図書館を庭に建てるだとかの話が挿絵入りで解説されている。


知的生活 (講談社学術文庫)
渡部 昇一 下谷 和幸 P・G・ハマトン
講談社
売り上げランキング: 70312


「知的生活の方法」は1976年発行であるが、ハマトン著の「知的生活」をモデルに書いたのだと渡辺氏はいう。ハマトンの「知的生活は」1873年が初版であり、ビクトリア朝のイギリス人を対象に書かれた良書なのでそれを現代風に、「本書はハマトンにくらべれば小さい本ではあるが、彼にならって、私の体験をもとにして率直にまた具体的にのべた」と前書きにある。さて、渡辺氏が書いたのはハマトンから100年が経ってからだが、それからたった35年ほどで書籍の世界には大革命が起きようとしている。15世紀のグーテンベルグによる印刷技術の普及からずっと続いた紙の本の歴史に、ついに電子書籍による大変革が起きたのである。渡辺氏が説く「情報の収集」と「書籍を管理するための空間力」は莫大な富や権力を持っている人だけの特権ではなくなりつつある。置き場所がなくても、世界中の何処に住んでいようとも、ネットにアクセスできて電子書籍リーダーがあればトルストイや他の成功している作家と同じような蔵書を持つことが可能になったのだから。2007年に出版された梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」のなかで、梅田氏は「知的生活の方法」で渡辺氏が主張している「蔵書を持ち続けることの重要性」の一節を取り上げ、次のように述べている。

「ネット上にアレキサンドリアの理想通りの万能図書館が誰にも無償で開かれる時代には、そのことの意味も相対化されていく。充実した知的生活を営むためには、そこに注ぎ込み得る時間こそが希少資源となったのである。間違いなく十年後には、知的生活を送りたい人にとって最高の環境がウェブ上にできあがっているはずだ。環境をもつための努力ではなく、誰にも与えられる最高の環境をどれだけ活かせるかに知的生活のポイントが移行する。知的生活に惜しみなく時間を使えることこそが最優先事項となろう。」

渡辺氏は100年前に書かれたハマトンを当時の現代風に書きかえた。渡辺氏が「知的生活の方法」を書いてから約30年後、ネットによる世界の大変化とそこでの最新版知的生き方を記したのが梅田氏なのである。


ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
梅田 望夫
筑摩書房
売り上げランキング: 23647


November 13, 2011

アメリカの本当の強さ 〜 シリコンバレーの文化とPay It Forwardの精神


Pay It Forwardという映画がある。アメリカで2000年に公開されたこの映画、テーマが素晴らしいのに陳腐な恋愛物語になってしまっていたのが残念な印象だったが、その美しいテーマゆえに時々思い出す。11歳の少年が学校で「世界を変えてみよう」という宿題を出されるのだが、少年が考えたのは、誰かから親切にされたら、それをその相手に返すのではなく別の3人に親切にして伝えようということだった。親切にされた3人それぞれが、また別の3人に親切にすると、次は9人、そしてそれが27人になりという具合に累乗で無限に増えて行って世界がよい方向に変わると少年は考えたのだ。

私はアメリカに始めてきた時に、このPay It Forwardの精神をカルチャーショックの一つとして感じたのを鮮明に覚えている。異国からやってきた私に対して、見ず知らずの人が親切にしてくれ、必要な情報や物を無償で提供してくれるのだ。要するにボランティア精神なのだが、そこには見返りに対する期待は全くない。むしろ、お礼をするとちょっと驚かれることの方が多い。日本人は親切な人が多く「恩返し」の風習がある。「鶴の恩返し」だとか、「恩返し」をテーマにした日本独自の寓話の多さにもそのカルチャーは表れている。日本は国土が狭く、古来定住民族なので恩を受けたら、同じ相手にお返しをすることが容易だ。しかし、移民で構成されているアメリカの歴史とカルチャーを考えれば、むしろ同じ人に恩返しをしようと思ってもそれは難しい場合のことの方が多い。西へ西へとフロンティアの開拓を進めてきた時代に始まり、今でさえ、この国の人は実によく引越しをする。移民としてやってくる人たちは、この国に到着したときに誰も知り合いがいないことも多い。そんな風土で育まれてきたカルチャーがPay It Forwardなのだろうが、私はそれがこの国が繁栄してきた理由とその本当の強さなのだとつくづく思う。同じ人の間で完結してしまわないで、よいことはどんどん次々と先送りして伝えていく。それが結果として全体をよくすることになり、自分も世界も幸せになる。日本の恩返しの文化も美しいと思うが、ちょっとこのPay It Forwardの精神も取り入れてみれば、狭い国であるがゆえ、その効果も伝播速度と循環も速いだろうから、ポジティブな効果がてきめんに現れるかもしれない。

さて、先日JTPAで「日本人のシリコンバレーでの起業について」というテーマで本間毅さんに講演していただく機会[1]があったのだが、本間さんはその講義でもブログでも「 頂いた恩を、次の世代にかえしたい 」ということを強調されている。

起業した頃、お世話になっている先輩経営者に尋ねたことがある。「僕はまだお金もないし、そうやって助けてくださったことに対して、どうやって恩返しをすれば良いのでしょうか」 
彼は言った「そんなことは気にしなくて良い。君がいつか誰かを助けてあげればいいんだよ」と。思えば私はその言葉に忠実にやっているだけだ。

こんなこともきっかけで、忙しい仕事の合間にボランティアで起業家の支援をされているという本間さんが起業されたのは日本だから、これは日本人の方からのアドバイスなのだろうが、結局シリコンバレーの起業にまつわるエコシステムもすべてこの「次に伝える」という精神が中心にある。

AppGrooves Inc.を共同創業し、シリコンバレーの日本人起業家として活躍されている柴田尚樹さん[2]も、いつも同じようなことを言っている。「ここ2ヶ月間くらいで、一生かかっても恩返しできないんじゃないかというほど、いろいろな人に助けていただいているのです・・が、これってやはり自分よりも若い人に同じようにしてあげる以外に方法ないですよね。」

本間さん、柴田さん、とご紹介したので、シリコンバレーでPay It Forwardのスピリッツ的活躍をされている日本人をもうひとり。上杉周作さんだ。上杉さんも10月にJTPAで講演してくださったのだが、目下Quoraのエンジニアとして活躍中、Facebookでは「ちびこーど」というサイトを運営し、日本にいる若い人達のために様々な教育関連の講義や議論を展開している。最も最近では、「日本のITスタートアップの方へ。パワポと資料送ってくれたら、タダで英語のピッチ作ります。」という試みで日本の起業家の支援をしている。彼はまだ23歳、並外れた行動力とインテリジェンスの持ち主である。ちなみに、JTPAではほぼ毎月ギークサロンなどのイベントを開催しているが、来月12月は上杉さんに企画の運営ボランティアをお願いさせていただいた。何でもご自由に、好きなようにやってくださいと伝えてあるのだが、どんなテーマになるのかとても楽しみだ。

私自身も、アメリカに来てからこのPay It Forwardのカルチャーを肌で感じ、実に多くの人たちに親切にしてもらい、先輩達からチャンスをもらってやってきた。JTPAでのボランティア活動もその一環なのだが、これからも次の世代の人たちに自分がもらったものを伝えていきたい。



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[1] 本間さんの11月11日のJTPA講演での録画とプレゼン資料はこちら
[2] 柴田さんの日経Bizアカデミーでの連載、「シリコンバレー起業日記」がすごく面白いです。シリコンバレーにおける起業のエコシステムがよくわかります。

November 8, 2011

イベントのお知らせ:「日本人のシリコンバレーでの起業について本間毅氏と語る」


今週金曜日(米国西海岸時間 夜7時30分開演)に、JTPAで以下のイベントを開催いたします。ご興味のある方は是非ご参加ください。USTREAMにて中継しますので、会場に来れない方もご覧になれます --- いつもどおりボランティアの四元さんがライブキャストしてくださいます。詳細と申込み方法はこちらから。

なお、今回のイベントは次のボランティア・スタッフの方々にご協力いただいております: [オーガナイザー] Jin Yamanaka [機材・音響] Hiro Yotsumoto [その他コーディネート・企画] Hideaki Hayashi, Sho Tabata, Hitoshi Ishiwata, Marika Gunji, Sunny Tsang [グーグルカレンダー・Twitter] Tomoko Fukuzawa [会計] Yoshiko Hugehes [会場スポンサー] Wilson Sonsini Goodrich & Rosati


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JTPA ギークサロン
「日本人のシリコンバレーでの起業について本間毅氏と語る」

11月11日金曜日 午後7時 Palo Alto
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11月のギークサロンでは、自ら学生時代に起業した経験と日米でのビジネス経験をもとに日本人起業家の支援を行っている本間毅氏をお迎えします。
シリコンバレーに挑戦している日本人の若者の現状や本間氏のサポート活動をご紹介頂き、またシリコンバレーで起業することの意味や難しさ、可能性、そして日本人エンジニアが起業にどう関わって行くのが良いかについて本間氏にお話頂きます。

スピーカー: 本間 毅 (ほんま たけし)氏
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1974年生まれ。中央大学在学中から起業し1997年にWebインテグレーションを行うイエルネット設立。
黎明期のビットバレーやピーアイエム株式会社(後にヤフージャパンに売却)の設立にも関わる。

2002年、イエルネットの全営業権を譲渡し、2003年に大手家電メーカーに入社。
ネット系事業戦略部門、リテール系新規事業開発等を経て2005年よりグループ内のネットメディア開発に携わる。
社外ベンチャー企業との協業により、Web2.0やBlog/SNS系テクノロジの社内導入を推進する。

2008年5月よりアメリカ赴任。サンディエゴ在住を経て現在はサンノゼに勤務。
電子書籍関連の業務に携わる傍ら自らの起業経験と日米でのビジネス経験をもとに日本から訪れる起業家の支援を行っている。
専門領域はインターネットビジネスやネットメディアだが、事業戦略や新規事業創出の観点からも具体的なアドバイスを提供している。

http://about.me/thonma
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アジェンダ
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・本間氏は何故スタートアップの支援をしているのか。その理由と氏のサポート活動の内容について。
・現在の日本の若者が何を考え、何を目指しているのか。彼らのシリコンバレーへの進出状況について。
・シリコンバレーで起業することの意味、難しさ、可能性などについての本間氏の考え。
日本人エンジニアが現地での起業にどのように関わっていくと面白いか。
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October 31, 2011

電子書籍とソーシャル



アマゾンと書籍の電子化のあたりで議論が盛り上がっている。私は米国に住むようになってもう長いのだが、当然、日本の書籍が続々と電子化されるのを心から待ち望んでいる。これまでも、海外で生活していてストレスが溜まることの一つは日本の書籍の入手だった。実用書は英語圏で出版されているものを読むことが多いものの、長い時間をかけて開拓して愛読している日本の作家は多いし、娯楽その他でも日本の本は大好きなので、それらが手軽に入手できないのは辛い。ご存知のように日本書籍の電子化は時間がかかっているから、紙の本を買うことになるのだけれど、入手方法は限定される。ベイエリアには紀伊国屋が何軒かあるものの、書籍数はかなり少ないので、大半の日本書籍はアマゾンジャパンから取り寄せてきた。問題は「どうやって本を選ぶか」だ。

書店に足を運んでパラパラやることができない状況での本選びは、かなりの部分を推測に頼る手探り作業だ。アマゾンで適当に選んで注文すると、大抵3冊に1冊ぐらいの割合でハズレである。「なか見!」機能のついている本は、大体の内容が把握できていいけれど、この機能のない本を、サイト内にあるカスタマーレビューを読んだりオススメ機能から選んでもうまくいかない。レストランを選ぶときにはレビューサイトを参考にすると失敗が少ないが、それは人間の味覚にはそれほど個人差がないからだ。本以外の製品をオンラインで買うときも同じで、レビューサイトのコメントはかなり参考になる。しかし、書籍のように、その評価が個人の興味の対象や嗜好に激しく依存するものは、「みんなの意見」の集積があまりあてにならない。これは、ベストセラーのような大衆受けするものから外れるほど顕著になる。

結局、自分と読書傾向や興味の対象が似ている人がブログで書いている書評を参考にするのが一番確実というところに落ち着いた。当然といえば当然だが。私はそういう人のブログで面白そうな本のレビューがあると「ほしい物リスト」にどんどん追加していき、それを定期的にアマゾン・ジャパンに発注している。この間もこの方法で50冊ぐらいまとめて取り寄せたが、ハズレは3冊ぐらいしかなかった。33%のハズレ率を6%に減らすことができるのである。

そこで本題なのだが、書籍の電子化が進むと、皆が海外居住者のような状況に置かれることになる。店舗も当分の間は残るだろうが、その数は減るし、電子版だけで出版される本も増えてくる。書店に立ち寄って、ふらふらしながら本を手に取り吟味するというプロセスはオンラインでのアクティビティに取って代わるのだ。電子書籍では、いわるゆ「在庫」というものもなくなるから、選択できる本の数も無限に増えてくる。その本の海の中から自分の欲しい本をいかに効率よく見つけることができるかが課題になってくる。このあたりの問題をうまく効率化できるソーシャルな機能や、ターゲットを明確にした書評サイトは電子書籍の世界で重要な役割を担うことになると思う。

また、ハズレを少なくするというよりも、ハズレが出た場合のコストを軽減するためのソリューションも課題となってくるであろうか。オンランショップで買ったものは「返品」という形でハズレのケースに対応できるが、電子書籍の場合はどうだろうか。アマゾンが、Netflix映画レンタルのスタイルで一定金額を払えば本が読み放題のサービスを開始すると噂されているが、政治的問題が上手く解消されてこれが実現すればハズレ問題は解消できるし、所有するよりも借りるというスタイルが本の場合にも定着してくるかもしれない。いずれにせよ、映画や本のように個人的嗜好に大きく依存するようなものは、効率化されたソーシャル機能がその選択に大きく貢献することは間違いない。

October 20, 2011

シリコンバレーへ行くべきですか



「シリコンバレーへ行くべきですか」という質問が流行っているらしい。私も何人かの人に訊かれた。人それぞれ事情がちがうだろうし、どちらにした方がよいかのアドバイスはするつもりはないけれど、@shibataismさんの「無責任に応援します」というコメントに同感する。情報を集めて、色々な人の意見や話を聞いて、それを自分なりに咀嚼して、あとはビジョンのままにやるといいと思う。状況は刻々とかわるから、前例がなくてもうまくいくかもしれないし、前例があってもだめになるかもしれない。

ただ、考えた末にシリコンバレーに来ることになったら、人との出会いを大切にすることだと思う。

Paul Grahamのエッセイに、"How to be Silicon Valley"(日本語訳「シリコンバレーが出来るには」)というのがある。他の場所にシリコンバレーを複製するにはどうしたらよいのかという問に対して、結局、人が一番大切なのだというコンテンツ。

「必要なのは適切な人たちだ。シリコンバレーからバッファローに適切な1万人を移動できれば、バッファローがシリコンバレーになるだろう。」

優秀な人は、他の優秀な人を惹きつける。連鎖反応が自然発生する。どのようなプロジェクトをやるかより、誰と一緒にやるかの方が大切だとはよく言われるが、プロジェクトは失敗しても、優秀な人達と仕事をしていればいつかは上手くいく可能性が高くなる。こうしてシリコンバレーは繁盛を続けてきたのだ。

シリコンバレーには、本当に才能に溢れて面白い人間が集まっている。私は自分の人生で知り合って刺激を受けた「凄い人」というのは、ほぼ全員シリコンバレーに来て出会った。もっとずっと若い頃に彼らと出会うことができていたら、自分の人生はどのようになっていただろうとさえよく思う。東京やほかの都市にも面白い人は大勢いるが、人が多いから出会うのが難しかったりもする。シリコンバレーの場合は、同じ志をもった人たちが一箇所に集まってきていて、テクノロジー系の職場で働けばギークが集まっているから気の合う面白い人に遭遇しやすい。世界中からやってきた人間で構成されているので、考え方や発想に多様性があるのもその環境を更に特異な場所にしている。

だから、シリコンバレーに来ることになったら、人との出会いを大切にしていれば、たとえプロジェクトや仕事で失敗して日本に帰ることになったとしても、そういう人たちから学んだことを必ずどこかで活かすことができるはず。

つい最近、ある集まりで知り合った人と、シリコンバレーって面白くて優秀な人に会えますよね、変人が多いですよね、という話になった。私が「変人というのはここでは賛辞のことばですよね。」というと、「そういう人とは友達になれそうですね。」という会話の流れでお友達になった人がいる。ジョブズも変人だったし、ザッカーバーグも変人。シリコンバレーを訪れる人は、兎に角、人との出会いを大切に、そしてどんな変人に出逢えるかを楽しみにして来てほしい。

October 12, 2011

究極のデザイン



ITmediaに林信行さんのこんな記事が掲載されていた。

ひっかかったのは「究極のカタチ」のところ。

「ある有名な日本の工業デザイナーがこんなことを言っていた。かつて外観のモデルチェンジというのは、そもそも機能上どうしても必要な時にしか行わないものだったという。それがどこかで間違って、新製品であることをアピールするための形状変更(といっても主に外装の)が頻繁に行われるようになってしまった。」

記事にも書かれているが、MacBook Proは3代にわたって同じカタチ、そしてMacBook Airも2世代とも同じである。エッジの厚みやフレームの色など微妙な変更はあるが基本的なデザインは変わっていない。iPhone 3Gと3GSは同じデザインだし4Gと4GSもしかり。「新製品であることをアピールするための形状変更」をせずに最適化されたデザインを保持するアップルの姿勢はさすがだ。

こんなことをFacebookでつぶやいていたら、@toshi_takayanagさんが「いい腕時計もボールペンも自転車もそう」とのコメントをくださった。確かにそう、定番といわれているものは、微調整はあるものの何十年たってもデザインが変わらない。すごくいいデザインで気に入っていたのに「新製品であることをアピール」するためにデザインががらりと変わって劣化、落胆させられることはよくある。老舗となるようなブランドは、そのあたりのところをうまく把握して慎重な選択ができているのだろう。

その時点で最適なデザインのプロダクトをリリースし、さらに素晴らしいデザインを創造することができたと確信したときにのみ時期バージョンでそれを導入するのだろうが、そのセンスに誤りがないのは本物の証拠。超越したセンスを持ったデザイナーは、凡人では想像できない次世代のイメージを見ることができる。例えば、有名なファッションデザイナーが斬新なスタイルを発表したとき、素人にはそれがピンと来ず、よさがわかるまで暫く時間がかかることがある。子供の頃はシンプルなデザインしか受け入れることができないが、大人になるにつけ渋いデザインのよさがわかってくるのと似ている。

私は今までリリースされたiPhoneモデルはすべて購入してきたが、デザインについて先見の明があるわけでは当然ない。正直に言うと新型モデルを買った直後には毎回、前のバージョンモデルのデザインの方がよく思えた。iPhone4を初めて手にしたときも、3Gモデルのプラスティックでつるんとしたデザインの方が素敵だと感じたのだ。しかし不思議なもので、目が慣れてくると新しいデザインのよさがだんだんわかってきて、前のモデルより断然こっちとなる。この現象は、製品をデザインしたデザイナーのセンスが確かなものであるときにしか起こらない。新バージョンで本当にデザインが劣化した場合には、時間がどれだけ経過しようがダサいものはださいのだ。アップルの製品においては、前バージョンモデルのデザインの方が秀逸だったということが一度もない。第一印象ではピンとこない場合でも、時間が経つと最新デザインが最善のものだと感じられるのだ。これってもしかして、恋愛などで、出会ったばかりの頃は何とも思わなくても、好きになると世界一かっこよくみえてくるのと同じだろうか。いや、あれはまた別の話。

October 6, 2011

Jobs


ここ数年というものの、重大なニュースは必ずといってよいほどTwitter経由で知る。私はEchofonのMac用デスクトップクライアントを常に立ち上げているのだが、米国時間10月5日水曜日のこの日も、ふとフィードを覗き込んだ瞬間にそのニュースがが目に飛び込んできた。Echofonのスライダーを上下すると、どこもかしこもジョブズ訃報のツイートが溢れかえっていた。www.apple.comのリンクをクリックすると、そこには「Steve Jobs 1955-2011」のストリングと公式のメッセージが表示されており、まぎれもない事実を確認した。

私が最後にジョブズを生で見かけたのは今年6月3日のこと。WWDCの2日前、パロアルトのカリフォルニアアベニューにある日本料理店でのことだ。この店に行くとジョブズをよく見かけたが、彼はいつもカウンターの一番端の席に座っていた。6月3日はランチタイムに店に入ったのだが、ジョブズがいつも座っているカウンターの一席に案内された。あれ、これはジョブズの席だ、と思いながら座っていると、ひょろりと薄い影が近くをかすめ、私が座っている真横のカウンター席にジョブズが腰掛けた。カウンターの中のシェフたちのあいだに緊張した雰囲気が立ち込めたが、それでも「Hi Steve!」などと気さくに挨拶をして注文を取るのを私は真横に座ってそっと観察していた。彼はガリガリにやせ細ってはいたが、それでも健康そうに見えた。少量の寿司を注文し、iPhonee4でしきりに話をしていた。私が調べ物をするために自分のiPhone4を取り出すと、それを見てふっと笑を浮かべた。食事の最後に胡麻アイスを注文し、その後、いつものように裏口からそっと出ていった。

私がシリコンバレーに来たのは1997年のことだ。これはかつてアップルを追放されたジョブズが同社に復帰した年だが、その頃アップルは瀕死の状態にあった。引っ越してきたばかりの私を連れてシリコンバレーの街を案内してくれた友人は、「あそこも元はアップルのオフィスだったんだけど閉鎖になってね。」といくつかのビルを指さして話してくれたものだ。その翌年に私が就職した会社は、たまたまアップルと非常に縁の深い会社で、どこのチームにも必ず数人はアップル出身者がいたし(多い時はチームの半数以上のこともあった)、その会社からアップルに転職する人も多かった。開発の仕事をしていて、Mac OS関連のAPIの解説はウェブの資料を見ても不明確なことはよくあるが、そんな場合も大抵まわりの誰かが、実はそのAPIは自分が書いていただとか、元同僚が担当しているので直接コンタクトして聞いてくれるだとか、そういう環境だった。彼らの多くはアップルの製品について話し出したら止まらない人ばかりで、私がアップルの熱狂的ファン・信者に出会ったのはそうした同僚が初めてだった。

その会社の大半の製品のコードはWindowsとMacintoshのデスクトップのビルドをクロスプラットフォームをサポートするものだったから、エンジニアには必ず両方のプラットフォーム用に最新機種のマシンがリリースされるとすぐに支給される恵まれた環境だった。面白いのは、Dellの新しいマシンが支給されても誰も騒がないのだが、Macの新しいモデルが入るとそれは大変な騒ぎ、盛り上がりようになるのだった。98年に発表された、iCandyのテーマがぴったりのポップなカラーのiMacシリーズ。開発用のマシンがG3の搭載されたベージュモデルから、カラフルなブルーとホワイトのボディに切り替わった瞬間、そしてそれがアルミナムボディに進化するまでの楽しい変遷期間。クラシックOSからOS Xへの大胆なシフト。このシリコンバレーで、そうした進化をまさに肌で感じ取れるような環境でソフトウェアの開発に従事することができたのは大変な幸運であった。そして、iPhoneが発売されてからというものの、益々その勢いがつくなかで、アップルファンの友人たちと発売日に早朝から行列するというお祭り騒ぎに参加できたことは一生の思い出。

ジョブズがこの世からいなくなってしまったことで、ひとつの時代が幕を閉じてしまったのだけれど、なんだろう、本当にひとつの時代を共にすることができた偉大な人物の死というものは時の流れの速さを感じさせる。ジョン・レノンが亡くなったとき、それは世の中に大きな衝撃を与えたのだろうけれど、当時、自分はあまりにも幼い子供であったので、その本当の意味は理解できなかった。ジョン・レノンは、私にとって過去の歴史を学んで知った人物にすぎない。しかし、マイケル・ジャクソンが亡くなったときは違った。自分の思春期に大スターだった彼、その彼の葬儀に、かつて世界一の美女として一世を風靡したブルック・シールズが歳をとって現れスピーチをする。時の流れを感じた瞬間であった。今回のジョブズの死からも同じような衝撃を受けた。同じ時代を生きているということ、そしてその流れというものをせつなく感じた。

シリコンバレーはここ数日、まるでジョブズの死にあわせたかのように空が曇り雨がぱらついている。